プラザ合意 為替 介入の効果

為替 介入の効果

用語集

プラザ合意

プラザ合意とはアメリカ主導で行われたドル高に対する対抗措置として1985年9月にニューヨークにあるプラザ・ホテルで開かれた5カ国蔵相会議(G5)で採択合意された協調介入のことです。

第2次オイルショックによる世界的なスタグフレーションが猛威を振るう中、アメリカではレーガン政権が発足します。レーガン大統領は就任前からアメリカ国内で深刻視されていたドル高による経済不安に対処するため通貨供給量を抑制し、インフレを解消しようとした為、アメリカ国内の金利が上昇しました。

当時のレーガン政権はこれで経常赤字が為替レートを切り下げ、輸出が促進される事により自動的に不均衡が解消されると目論んでいました。しかし、現実は押し上げられた金利により国際的な資本取引が行われドル高の勢いは止まりませんでした。

こうしてアメリカ国内では貿易赤字の問題が深刻化し、1985年9月、当時の米財務長官ベーカー氏の呼びかけによってG5が開かれ、対外インバランスの調整に為替レートが貢献すること、為替レートはこれまで以上にファンダメンタルズを反映しなければならないこと、ファンダメンタルズを考慮すると主要通貨は今以上にドルに対して上昇することが望ましい、これを促進させるため、各国は密接に連携する用意があること、などが盛り込まれ合意されました。

この時G5が開かれたプラザ・ホテルの名前を取ってプラザ合意と呼ばれています。この合意によって各国の通貨当局はドル高是正の為に協調介入を実施。当時のアメリカ国内では貿易赤字から日本への批判が強かったため、日本も積極的にドル売りによる為替介入を実施しました。

この結果、プラザ合意は外国為替市場にパニックをもたらします。特に東京市場は3連休明けに週明けの寄り付きは12円30銭ものドル安から市場が始まり、日米合同による協調介入は2週間で31円もの急激なドル安円高を招き、日本の投機筋に大打撃を与えることになります。

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