1995年、1ドル79円台に 為替 介入の効果

為替 介入の効果

為替介入事例

1995年、1ドル79円台に

外国為替市場では1日に200兆円以上のマネーが動くと言われています。これだけ巨額の取引がされているにも関わらず、外国為替市場には物理的な取引所が存在していません。全ては通信ネットワーク上に開発された仮想の取引所なのです。

もし、東京外国為替市場に物理的な取引所があったとしたら、その場所は日銀本店や様々な銀行本部が集中する東京大手町や日本の株取引の中枢である兜町あたりでしょうか?そこに様々なディーラーが集い怒号が飛び交う中、取引が日々行われていたとしたら。1995年4月19日の東京外国為替市場の取引所には緊張というよりも諦めに近い空気が流れていたことでしょう。

この日のコンピューターのモニターに映し出された為替レートを示すチャートは右肩下がりのジグザグ曲線を描き続けました。これはドル安円高を意味しています。この時、皇居のお堀に面した一等地のビルに事務所を構えるイギリスナショナルウエストミンスター銀行東京支店でディーラー統括の任に就く小口幸伸氏は「相場が壊れた」と直感したと言います。

この年、取引材料にされていたのは日本車をめぐる日米通商交渉です。一向に進展せず、両国の交渉が暗礁に乗り上げるたびに市場ではドルが売られ、円が買いまくられました。同氏は市場経済のセオリーは無くなり無秩序となったと感じたと回想しています。

バブル経済崩壊後に訪れた超円高、その時1ドル=100円前後だった相場はわずか3ヶ月で1ドル=80円を突破、輸出に頼る日本経済には逆風が容赦なくふきつけ、日銀による為替介入は思うほどの成果を挙げられずにいました。こうして1995年4月19日ついに円は市場最高値となる1ドル79円75銭まで上昇、日本経済はかつての栄光を失いつつありました。

円の戦後最高値から1ヶ月、当時の旧大蔵省財政金融研究所長だった榊原英資氏はこれまでのさみだれ式の介入方法を一変、かけに打って出ます。同年8月2日、榊原氏は1日で6757億円という今までの10倍の資金を一気に投入、同時にアメリカの協調介入を取り付け、思いきった金融緩和策を発表、巨額の運用資金を保有する保険会社の体外貸付を解禁、と立て続けにサプライズ介入を起こしました。こうして戦後最高値を記録してから5ヶ月で円相場は1ドル=100円台まで値を戻すことになりました。

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